平成三〇年に逝去した竹本住大夫師匠。〝文楽の鬼〟の最後の言葉を、緊急文庫化!
自分の仕事をもっともっと好きになれ! 文楽の至宝が熱く語る、日本人の「生きる力」
「浄瑠璃はこころで語るもんです」 人形浄瑠璃「文楽」の大夫として、日本人の義理人情を語りつづけて六十八年――。 “語りの力”で人びとを泣き笑いさせてきた住大夫師匠が、舞台を降りて初めて語る。 引退までの日々、先人たちの思い出、文楽と日本のこれから……
叱り、叱られ、命がけ!修業六十八年の「芸の真髄」とは ・若いうちは裕福になったらあきまへん ・成っても成らんでも、一生賭けるから修業です ・「途中でやめたら、人に笑われる」と思うてました ・テープやビデオは、悪いとこを叱ってくれまへん ・弟子が可愛くない師匠はこの世に一人もいてまへん ・死ぬまで稽古、死んでも稽古せなあきまへんなぁ
【目次】 第一章 春のなごりに ~引退まで 第二章 師匠、先輩、弟子 ~修業とリハビリの日々 第三章 貧乏には勝たなあかん ~三和会の長い旅 第四章 デンデンに行こう ~私が育った戦前の大阪 第五章 文楽道場に生きる ~教えること・教わること 第六章 そして文楽はつづく ええ星の下に生まれましたなぁ ~あとがきにかえて
平成二六年に惜しまれつつ引退した文楽の太夫(たゆう)最長老にして最高峰、竹本住大夫さんが、日本人の心の全てを語ります。 「文楽ってええもんでっせ。浄瑠璃ってようできてまっせ。私はほんまにええ星のもとに生まれました――」そう語った地元大阪の引退公演では、国立文楽劇場はじまって以来の2万9000人の入場者を記録。「菅原伝授手習鑑」の「桜丸切腹の段」を切々と語り、満場の涙を誘いました。 文楽の補助金カットを宣言した橋下大阪市長とのたたかいの最中、脳梗塞に倒れた住大夫さん。壮絶なリハビリを経て舞台に復帰しましたが、「死ぬまで稽古、死んでも稽古」という稽古の鬼にとっては、思うように語れないという致命傷はさぞ辛い日々だったに違いありません。 しかし、「たいしたことやおまへん」という住大夫師匠。文楽が戦中・戦後に舐めてきた辛酸に比べれば、と。戦後の組合活動がもとで、太夫・三味線・人形遣いがみな二派にわかれた分裂時代。火事で劇場を失い、三越デパートの催事場で寝泊まりする日々。地方公演で漁師町に行けば、風呂がなく「海に入ってきて」という扱い。それでも浄瑠璃が「好きで好きでたまらん」からひたすらに励んできた。太夫としては悪声で、大学出のため入門も遅かったけれど、修業のすえに人間国宝になり、天皇皇后両陛下も文楽劇場に足を運ばれるほどに――。その来し方そのものが「昭和史」であり、日本人の「情」とは何かが、自然と伝わってきます。 やわらかな大阪弁で、全編語りおろしです。本書を構成した樋渡優子が、文庫化に際し、住大
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