◆百句シリーズに細谷源二が登場!
北方俳句への軌跡
細谷源二の名は、新興俳句弾圧事件の犠牲者として俳句史に刻まれている。
細谷源二の作品を通して読んでいると、彼が独自の光を放ったのは北海道に渡ってからのことだった。中央から遠く離れ、またかつての俳友との交流も自分からはあまり求めなかったが、戦後の北海道でひとり新興俳句をどう発展させるかを課題として奮闘を続けた人であった。
北海道には独自の風土が厳然と存在している。それは俳句の辺境ということを意味するのかもしれない。辺境というのは地理的な問題というより、おしなべて地ならしされてしまう中央の文化とは異なる特異な文化というべきで、それは時には中央を脅かす力を発揮し時代の変化をリードする可能性もある。そこに北方俳句と呼ぶべき独自の文学が生まれていいはずだ。
地ならしされた花鳥諷詠文化に新興俳句が異を唱え、多様な可能性を俳句に求めたその道程に、細谷源二は微動だにせず屹立し、風土に向き合い「存在とは何か」を探求する俳句文芸を求め続けた。そこに俳句の本来持っているしたたかさが見えるのであった。
(解説より)
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