〈半島〉の言の葉、詩の息づき
植物図鑑の雨の中を 男は朝狩から帰還する 猟の身繕いのまま弓と胡簶を床に投げ出して 仕留めた獲物を閲覧室の机に置く
それは耳の形状をした集積回路の基板の破片 だった 彼の矢が過たずにつらぬいた空が一 点の闇を点している 矢の径よりも小さな基 板を射抜いて 錐眼のごとき仮想の穴を穿つ 技はこの世紀のものではない
傭兵だった男は彼の世紀を逃れてこの図書館 に漂着した ここを住処に自らの集積回路か ら剝ぎ取られた幼年の記憶の基板を探すため に 紙片と眼差しに封じられた累々たる文字 の列を追い立てながら 朝狩に発つのだった
男はピンセットで今朝の獲物を丁寧に摘みあ げ 小さな闇に眼差しの糸を通して眼を閉じ る 穀雨の湿りをにじませて 息づくような 森の緑に濡れた基板が微かに震えている (「朝狩」)
時里二郎を導く標は都市になく鉄路にもない。影をひそめて古刹に座す仏像であり、物語を封じて納戸に眠る絵巻であり、波を分けて内海に横たわる半島である。 収録された7冊の詩集は翅を持つ昆虫が変態する一齢から七齢までの過程をなぞらえる。読者は本書でその幼生から羽脱への各ステージを詩人とともに微睡みながら、失われた「時の里」を経めぐるだろう。――柄澤齊
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