電流の先にあった、電子のもう一つの性質「自転」の流れ、スピン流。近年見つかったこの現象は、未踏の科学を開拓し、従来の法則には修正を求め、次世代テクノロジーの礎を築く可能性に満ちている。「大きな発見はもうない」と揶揄されることもあるが、科学やテクノロジーには、まだ先があった。
電子には二つの性質がある。電流のもとになる電荷と、磁石のもとになる自転のようなスピン。スピンはあまりにも小さく無視されてきた物理量だが、ナノテクノロジーの成熟によって、スピンが流れるスピン流の存在までもが見えてくると、この概念なくして微細な世界は語れなくなってきた。しかし、電流のように流れを打ち消し合うこともなく、絶縁体にも伝わっていくなど、今までの物理法則でスピン流を記述することはできない。さらに、力学や流体力学、電磁気学なども、スピンやスピン流の要素を加えて修正していかなければならなくなっている。 この新しい科学は、次世代テクノロジーの展開へと拡がり、消費エネルギーが桁違いに低いコンピューターや開発競争が激化する量子コンピューター、ロスが少ない発電や新しい方式の発電、超高感度センサーなどへの応用が見据えられている。さらには、「科学の宿題」である幻のマヨラナ粒子の発見や、ダークマターの検出への期待も膨らむ。 この最先端の科学とテクノロジーについて、実験や研究の豊富なエピソードを交えながら、世界的第一人者が平易に解説していく。
【目次より抜粋】 第1章 スピンとは何か 第2章 電荷が流れる電流、スピンが流れるスピン流 第3章 利用するためには計測を 第4章 スピン流の物理学が始まる 第5章 物質の性質をコントロールする 第6章 トポロジカル絶縁体は実在するか 第7章 スピン流で新たな物理法則が拡がる 第8章 スピン流は社会をどう変えるか
【著者略歴】 齊藤英治(さいとう・えいじ) 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授。1971年、東京都生まれ。博士(工学)。東京大学工学部物理工学科卒業、同大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。慶應義塾大学理工学部物理学科助手などを経て、2009、年東北大学金属材料研究所教授、18年から現職。日本学術振興会賞(11年)、日本学士院賞(22年)など多くの賞を受賞。14年から科学技術振興機構「戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)」研究総括。著書に『スピン流とトポロジカル絶縁体』(共著 共立出版)などがある。
|